• 田中 稔, 1982: 稲の冷害。農山漁村文化協会, 266 pp.

1982年にでた B6判 縦書きのペーパーバック。わたしは2025年6月に公共図書館で読んだ。(古本で買ってもよいとおもったが通信販売のサイトにはみあたらなかった。) 当初知りたかったことを確認し、目次をかきぬき、要点とおもわれるところを拾い読みしたところまでで、まだ全体をとおして読んでいない。

著者は、1935年から青森県農業試験場につとめ、藤坂支所で水稲の栽培試験、とくにその冷害対策を担当し、1952年から1970年まで県農業試験場長、その後も県の顧問をつとめた人である。稲作の専門家であり、青森県に視点をおいて、冷害を論じている。1955年ごろ以後、大冷害がおこっていなかったので、稲作技術は機械化と「うまい米」づくりにむかい、冷害の対策を考える人がへってしまっていた。そこに1980年に大冷害がおきた。とくに青森県の旧南部藩の地方では作況指数10以下になった。それで著者は冷害の本を書く決意をしたのだそうだ。なお、つぎの1981年も冷害がおきたので、その内容もふくめた本になった。

本書のむすびによれば、本書を書いた時点での技術でも、育苗技術 (畑苗代)、耐冷性品種 (レイメイ)、深層追肥のような耐冷栽培方法を採用していれば、根の発育がよく、1981年のような冷夏での冷害はわずかの被害ですんだにちがいない、とのことだ。

わたしが本書を見る必要を感じたのは、近藤 (1985) の参考文献にあげられ、とくに作況指数の情報の出典とされていたので、そのデータを確認したかったのだった。内容を見ると、1897年以後の著者が凶作または不作と判断した年の青森県の作況指数や、そのうち主要な年の東北6県それぞれの作況指数の数値はあり、参考にはなる。しかし、すべての年の作況指数がしめされているわけでも、収量から作況指数をもとめる手続きが再現可能な形でしめされているわけではないので、残念ながらわたしがほしかった情報源としては不完全だった。なお、同じ年の同じ県の作況指数が複数の表にでてくるとき、百分率の1の位の数字がちがっていることがある。そのくらいの差は許容されているようだ。(たとえば単収を計算するときにどの時点の作付面積をつかうかにいくらかの任意性があるかもしれない。)

しかし、4章 1節 でしめされた「冷夏の型と冷害の型」は重要だとおもった。

冷害の型のほうは、稲にどのような害をあたえるかであり、実質的には低温が生じる時期のちがいで、6-7月に低温のばあいを「遅延型」、8-9月に低温のばあいを「障害型」、両方の時期にまたがるばあいを「混合型」としている。

冷夏の型のほうは、気象状態の空間的分布のちがいで、「第1種」は「梅雨型の気圧配置が持続し、北東気流が卓越して冷涼な天候が現われる」、「第2種」は南高北低の気圧配置で、高緯度方面の寒気が強く、低気圧が北日本を通るごとに寒気が流れ込む」としている。ここまでの特徴は、東北地方のうちの東西に共通だ。ところが、「やませ」とよばれる寒冷な空気が東から大気下層にはいり、太平洋側でとくに低温になることがある。著者によれば「第1種」のほうが「やませ」があらわれやすい。「第2種」のばあいは、つめたい空気の層はわりあい背が高く、山脈によってあまりさまたげられずに東西にひろがることが多いようなのだ。そして標高の高い農地の冷害は「第2種」のほうが多いようなのだ。ただし、そのような推測はまだじゅうぶんなデータにうらづけられていないとのことだ。
【わたし自身の作業では、日照時間の月値にもとづいて、本書でいう第1種と第2種にあたるものをしめすことはできた。ただしわたしが第2種とみている1934年などが本書では第1種に分類されている。「やませ」は月値ではよくわからず、日値を見る必要を感じている。「やませ」が「第1種」にともないやすく「第2種」にはともないにくいという本書の説を検証することは今後の作業の目標となる。】

なお本書では江戸時代の飢饉についても論じている。とくに大飢饉となった年について、津軽藩、南部藩、米沢藩の作況を示している。

文献

• 近藤 純正, 1985: 最近150年間の東北地方における米収量 (作況指数) と夏の平均気温との関係。『天気』 (日本気象学会), 32: 363-369.

折り返しのあとに目次をつける。

===== 目次 =====
はしがき
目次
1 [漢数字]. 冷害の歴史
– 1. 凶作年表からみた冷害
– 2. 江戸時代の三大飢饉
– 3. 明治以降の冷害
– – (1) 明治・大正時代
– – (2) 昭和時代
– 4. 昭和年代の冷害
– – (1) 戦前
– – (2) 戦後
– 5. 最近の冷害
– 6. 昭和55年 [1980] の冷害
– – (1) 明治35年以来の低温
– – (2) 第一級の冷害
– 7. 昭和56年 [1981] の冷害
2. 気象タイプと被害の様相
– 1. 小氷河期と異常気象
– – (1) 根本 [順吉] 氏と坪井 [八十二] 氏の説
– – (2) 和田氏の説
– 2. 気候の長期変動
– – (1) 気候変動の特徴
– – (2) 年平均気温と夏季気温の変動
– 3. 偏東風の特性
– 4. 冷害の発生と温度
– – (1) 夏季気温と冷害
– – (2) 稲は夏季低温に弱い
– – (3) 被害の大きい昼の低温
– 5. 生育時期と冷水・低温障害
– – (1) 穂ばらみ期の冷水害と低温害
– – (2) 開花前後の低温障害
– 6. 前歴・後歴の影響
– 7. 冷害の地域性
3. 冷害の型と被害の様相
– 1. 環境条件と冷害の発生
– – (1) 冷害の程度とその要因
– – (2) 冷害の範囲と規模
– – (3) 冷害の強度
– 2. 変動の激しかった北海道の冷害 — 昭和46年 [1971]
– – (1) 断続的な低温の襲来
– – (2) 7月の低温の地帯別影響
– – (3) 8月の低温の影響
– 3. 混合型冷害 — 昭和16年 [1941]
– – (1) 減数分裂期の低温と早晩生品種の収量
– – (2) 出穂遅延プラス開花遅延
– 4. 典型的な遅延型冷害 — 昭和29年 [1954]
– – (1) 天候不順の特徴
– – (2) 大幅に遅れた出穂期
– – (3) 千粒重増加の停止
– – (4) 畑苗代の好成績
– 5. 福島県相馬の冷害 — 昭和28年 [1953]
– – (1) 「関東型」気象と稲の作柄
– – (2) 8月下旬の低温と穂ぞろいの悪化
– 6. 典型的な障害型冷害 — 昭和55年 [1980]
– – (1) 青森県南部地方の大凶作
– – (2) 岩手県北部沿岸地区と高冷地の大冷害
– – (3) 福島県飯舘村の大冷害
– 7. 標高差のひどい長野県の冷害 — 昭和28年 [1953]
– – (1) 標高と冷害の関係
– – (2) 気象の経過と稲の生育
– 8. 型破りの遅延型冷害 — 昭和56年 [1981]
– – (1) 冷害年に珍しい長稈分けつ
– – (2) 深刻な登熟障害
– – (3) 栽培法の問題点
4. 冷害の生理学
– 1. 冷害発生の仕組み
– – (1) 冷害発生の条件
– – (2) 冷夏の型と冷害の型
– 2. 冷夏の型とその特徴
– 3. 冷害の型とその特徴
– 4. 冷害防止試験と藤坂五号
– 5. 冷害に弱い生育時期
– – (1) 冷水かんがいと稲の生育
– – (2) 耐冷性と耐冷水性との関係
– 6. 冷室における冷害研究
– – (1) 実験室の冷害発生時期
– – (2) 短期低温処理による冷害
– – (3) 不受精におよぼす遮光の影響
– 7. 自然条件下における冷害の発生
– – (1) 遅延型から障害型冷害の時代へ
– – (2) 冷害の危険温度20度の壁
– 8. 障害型冷害の発生温度
– 9. 出穂期と稔実とのちがい
– 10. 開花受精・登熟期の低温
– – (1) 低温条件下の開花・受精
– – (2) 登熟期の気温・日照と登熟程度
– 11. 冷害防止の生理学
– – (1) 冷害を防ぐための栽培法
– – (2) 過繁茂を防ぐための生育調整
5. 冷害対策
– 1. 寒冷地稲作の躍進と大冷害
– 2. 冷害克服の方向
– – (1) 冷害対策の後退
– – (2) 冷害克服三つの手段
– 3. 基本技術のあり方
– – (1) 品種の改良と選択
– – (2) 地力と土壌改良の重要性
– – (3) 肥料分と稲の生育
– – (4) ますます高まる健苗の要求
– – (5) 田植期と出穂期
－4．対応技術の重要性
– – (1) 冷害危険度を確認せよ
– – (2) 冷害気象に強い深層追肥
– – (3) 高温に中干し、低温に深水
– – (4) 効果の大きい昼間止水
– – (5) 低温年の出穂後の深水効果
– – (6) 落水期の影響は甚大
6. 冷害の教訓 — 昭和55年 [1980] の経験
– 1. 出穂促進の重要性
– 2. 耐冷性極強品種の出現
– – (1) 生殖生長期の生育経過
– – (2) 稔実は開花の良否で決まらない
– – (3) 低温年の親花粉の授精能力
– – (4) 品種と深層追肥と不稔歩合
– – (5) 品種と深層追肥と深水管理
– 3. 耐冷施肥技術の確立
– – (1) 基肥が多いと冷害になる
– – (2) 水温と草丈と分けつ数
– – (3) 耐冷性を強くする深層追肥
– – (4) 生育過剰障害をなくす
– 4. 生育調整技術の重要性
– – (1) 水管理の合理化
– – (2) 水温からみた稲の生育相
– – (3) 低温年における深水の効果
– – (4) 知っておきたい冷害危険温度
– – (5) 期待される生育調整技術
– 5. 耐冷技術を実証した農家
あとがき
===== ここまで =====