こそあど

• N: きょうの主題は「こそあど」です。

これ、それ、あれ、どれ。

• G: 指示代名詞と疑問代名詞ですね。
• N: この組はそうですが、「こそあど」は代名詞にかぎらない、指示詞と疑問詞の体系です。

この、その、あの、どの。

• N: これは、名詞にかかることば、連体修飾語、英文法用語でいう「形容詞」ですが、 日本語文法用語での形容詞ではありません。 品詞分類は学者によってもちがうと思いますが、学校文法では「連体詞」とされるでしょう。

こんな、そんな、あんな、どんな。

• N: これも連体修飾語です。「こんな」は「このような」とほぼ同じです。
• G: 品詞は、学校文法にしたがえば、形容動詞でしょうか。
• N: 「こんなに」という形は確かに使われますから、 終止形はあまり見かけませんが「こんなだ」という形容動詞とみなすことはできるでしょう。 ただし、その規則的活用では連体形は「こんなな」となるはずです。 重複をはぶく形の不規則活用とみることはできるかもしれません。

こう (する)、そう (する)、ああ (する)、どう (する)。

• N: これは、動詞にかかることば、連用修飾語、副詞です。

こちら、そちら、あちら、どちら。

• N: これは品詞としては代名詞でしょう。 方向をさしたり、少数の選択肢のうちどれを選ぶかをさしたりします。

ここ、そこ、あそこ、どこ。

• N: これは場所をさす代名詞です。
• G: 体系によれば「あこ」になるはずですが。
• N: ちょっと不規則ですね。 「あこ」は方言の形としてはありますが共通語としては認められていません。 やや古い形に「あすこ」というものもありましたが、 「あそこ」が生き残りました。 「そこ」に部分的に同化されたと言えるかもしれません。
• G: 「それ」と「あれ」はどちらも、たとえば英語では「that」にあたりますが、 どう区別されますか?
• N: 典型的な場合には、自分に近いものが「これ」、相手に近いものが「それ」、 自分からも相手からも遠いものが「あれ」です。
• G: なるほど。「一人称」「二人称」「三人称」とちょっと似ていますね。 たとえば英語の所有格の ours, yours, theirs と対応するような気がします。
• N: しかし、 不特定多数の人に読んでもらう文章では、相手に近いかどうかはあまり意味がなくなります。 むしろ「それ」は「これ」より遠くて「あれ」より近いものをさすという感じです。 そこで「これ」「それ」「あれ」を「近称」「中称」「遠称」という文法家もいます。
• ...
• N: 「こそあど」に近いものは日本語に昔からあったと思われますが、 今の形になったのは近代になる少し前、近世と言われる時代です。 その前は、たとえば今の「ど-」にあたるものは「いず-」でした。 発音は「ndu-」のようなものだったと思われるので、「ど-」との関係は連続的でしょう。 しかし、たとえば、「いずれ」はありましたが「いずの」はなく、「いずれの」と表現する必要がありました。 だんだん体系の要素がそろう形に変わってきたようです。
• G: 日本語を話す人々の集団的意識が体系化を好むということなのでしょうか。
• N: そうかもしれません。 ただし、体系の影響力が弱まっている例もあります。

こなた、そなた、あなた、どなた。

• N: これはもともとは方向をさしていましたが、その後、意味がずれてきました。 「こなた」「そなた」は、今はすたれた昔のことばと言ってよいでしょう。
• G: 「あなた」は人称代名詞ですね。
• N: 今ではそうです。 日本語の話し手の文化は、人称代名詞をあからさまに言うのをさけたがるものらしく、 時代ごとに人称代名詞の遠まわしな代用表現が作られています。 ある時代に、相手の方向をさし示す「そなた」が使われるようになりました。 しかし、それが人称代名詞であるとみんなが感じるようになると、 遠慮のある文脈では、もうひとまわり遠まわしな表現が必要になり、 「あなた」が使われるようになったのだと思います。
• G: 今では、遠慮のある文脈では、「あなた」も避けるべきですが、 代わりの定型表現がないので、むずかしいですね。
• N: 「どなた」の意味も「そなた」「あなた」の人称代名詞化とともに 変わってきたのだと思います。
• G: ていねい語でない人に関する疑問代名詞は「だれ」ですね。
• N: はい。「だれ」は「こそあど」の体系に含まれません。 昔の形は「たれ」だったのです。「た」が「だ」に変わったのは、 「こそあど」の「ど」への部分的同化なのかもしれません。
• G: 「かなた」というのもありますね。
• N: はい。「かなた」は、指示の性質をほとんど失っていますが、 遠くの場所という意味は保っていますね。 「か」は昔から「あ」とほぼ同じ意味で使われていたようですが、 古典日本語の時代にはどちらかといえば「か」のほうが標準とされました。 しかし、「こそあど」の体系が成立した際に、 「あ」が選ばれて、「か」が取り残されたようです。 「いず」が「ど」に変わったのと並行して起こった変化だと思います。
• G: さっきからの例をふりかえってみると、 「かれ」「かの」はありますが、「かあする」「かちら」、 「かこ」または「かそこ」、などはありませんね。
• N: 「あそこ」にあたる「かしこ」というものがありました。 「ここかしこ」という熟語としては今も聞かれることがあります。 「かしこむ」の関連の「かしこ」とは別の単語だと思われます。
• G: 「かれ」は人称代名詞になっていますね。
• N: 「かれ」は昔は「あれ」とほとんど同じ意味だったと思われます。 近代になって、「かれ」は、西洋語の人称代名詞の訳語として使われるようになって、 人に関しては「あれ」だけでなく「それ」が使われていたところまで覆うようになりました。 「それ」「あれ」は人以外のものをさすようになりました。 さらに、西洋語の訳語として男女によって「かれ」「かのじょ」と使い分けたものが、 西洋語と関係ない文脈でも当然とされるようになってきました。 「かのじょ」以外の場合の「かの」の意味は、今でも「あの」と基本的に同じですが、 「かの有名な」などのように強調するときに使われます。
• ...
• N: 実は「ど」は、「どちらですか」のように疑問詞の場合もありますが、 「どちらでもよい」のように、疑問ではなくなっている場合もあります。 代名詞ならば「不定代名詞」ということがあります。 「不定詞」と言ってしまうと別の意味の英文法用語とぶつかってしまいますが...
• G: 不定代名詞というと、英語ならば some か any を使うところでしょうか。 「だれか」は someone、「だれでもよい」は anyone、英語では疑問詞「だれ」の who とは 関係ないことばを使いますね。
• N: しかし「どこか」は somewhere、「どこでもよい」は anywhere、 ここには「どこ」の where が含まれていますよ。
• G: それぞれの言語ごとに流儀が違いますが、 「不定」と「疑問」とは意識がつながっていることが多いようですね。

[おことわり] この文章は、言語学を専門としないわたしが、 これまで雑多な読書などで知りえた言語学的知識を書きだしてみたものです。 ただし、それぞれの知識の根拠を確認することはできておらず、今後もその時間をとれそうもありません。