大気中の水蒸気量の表現

地学

大気中の水蒸気量の表現

大気を2成分系とみなす

大気のうち、対流圏(地表から約10～15 kmまでの)の大気を、地球物理のたちばであつかうときは、大気をつぎの2成分の混合気体として近似してしまうことが多い。 (地球化学のたちばであつかうときは、もっとたくさんの成分を区別してあつかう。)

「乾燥空気」 (窒素、酸素その他の一定比率の混合物)
水蒸気 (場所・時間によって比率が変わる)

大気中の水蒸気量の表現

大気中の水蒸気量の表現はいろいろある。どれも使われることがあるので、ひとまず列挙しておく。全部おぼえようと思わないでほしい。

比湿 (specific humidity) [kg/kgで無次元(=単位のない量)だが、g/kgをよく使う] [変数記号はq。]: = 水蒸気の質量 / 空気(水蒸気も含む)の質量。 (溶液の濃度を「溶質/溶液全体」で考える場合と同様。)
(水蒸気)混合比 (mixing ratio) [kg/kgで無次元(=単位のない量)だが、g/kgをよく使う] [変数記号は一定でない。]: = 水蒸気の質量 / 「乾燥」空気(水蒸気を含まない)の質量。 (溶液の濃度を「溶質/溶媒」で考える場合と同様。) 比湿と値が近いので混同して使われることもある。
水蒸気圧 (water vapor pressure) [SI単位はPaだが、ふつうhPaを使う] [変数記号はe。指数関数の底(定数) e と区別すること。]: = 水蒸気分子数/空気分子数 ×気圧 [空気のうちの水蒸気の「分圧」である。理想気体を前提としている。]
相対湿度 (relative humidity) [無次元だが、ふつう百分率 %を使う] [RHと略すことが多い。変数記号は一定でない。]: = 水蒸気圧 / その気温での飽和水蒸気圧
= 比湿 / その気圧・気温での飽和比湿
露点 (dew point)、露点温度 [単位は温度と同じ] [変数記号はT_d 。]: 空気塊をまわりと混ぜずに圧力一定で温度を下げたとき凝結が始まる温度。空気塊の実際の比湿は、露点温度での飽和比湿に等しい。
湿球温度 (wet bulb temperature)、[単位は温度と同じ] [変数記号はT_w 。]: 空気に接していて水を自由に蒸発させられる物体が準定常状態で達する温度。乾湿球温度計による湿度の観測は、これと気温(乾球温度)とを観測し、計算表によって比湿・相対湿度などを求める。生物気候関係の変数として使われることもある。

「湿度」(英語では humidity) という用語は、水蒸気の多さを漠然とさし、学術用語としてどのような数量をさすかは、これだけでは指定されない。日常用語の「湿度」は、ここでいう「相対湿度」をさすことが多い。相対湿度 100% が、その気温・気圧のもとで空気が飽和していることにあたる。相対湿度 50% は、比湿がその気温・気圧のもとでの飽和比湿の半分であることをさす。 (もし「湿度」が水蒸気濃度だったら、「湿度 100%」は純粋な水蒸気をさすことになるだろうが、実際にはそんなことはない。)

大気中の水蒸気の「濃度」(concentration)という用語はめったに使われないが、濃度の概念にいちばん近いのは、「比湿」(ひしつ, specific humidity)だろう。これは空気の質量のうちの水蒸気の質量のわりあいである。わたしの授業ではこれをおもに使うので、これはおぼえてほしい。「水蒸気圧」も必要になることがあるかもしれない。

【英語の「specific ...」や、日本語の「比...」は、「質量あたりの」という意味でつかわれることが多い。「比熱容量」は「質量あたりの熱容量」である。比湿も「(空気の)質量あたりの水蒸気の質量」なので、その類型にあてはまる。】

飽和水蒸気圧とは

液体の水と相平衡にある水蒸気の圧力。
- ここでの相平衡は、液相から気相にむかう分子と、気相から液相にむかう分子の数が同じになっており、どちらの量も増減しないような状態。
理想気体とみなせる範囲では、他の気体成分の有無・量によらない。したがって、飽和水蒸気圧は、気圧によらない、気温だけの関数になる。
氷に対する飽和水蒸気圧を考えることもできる。そこでは氷と水蒸気が相平衡にある。その数値は、液体の水に対する飽和水蒸気圧とは異なる。氷点以下の温度で、過冷却の液体水に対しては未飽和でも氷に対しては飽和していることがある。その結果、水滴が蒸発し、氷の結晶が成長する。このことは、雪や雨がふるしくみにとって重要である。

飽和比湿・飽和水蒸気量とは

飽和比湿は、大気中で水蒸気が飽和している(液体の水と相平衡にある)ときの比湿。「(飽和水蒸気圧 × 水蒸気の分子量) / (気圧 × 空気の平均分子量)」で計算できる。
「飽和水蒸気量」という表現は、飽和水蒸気密度(「飽和の条件での水蒸気の質量 / 空気の体積」)をさすのが基本のようだ。しかし、わたしの経験では、飽和比湿をさすこともある。あいまいなので、なるべく使わないことにする。

飽和水蒸気圧が気温によってどう変わるか

飽和水蒸気圧は、気温をきめれば、気圧に関係なく決まる。横軸に気温[℃]、縦軸に飽和水蒸気圧[hPa]をとったグラフをしめす。ただし、このページの下のほうでしめす「簡単な形の式」で計算したものである。

飽和水蒸気圧は気温に対して指数関数型になっている。気温が上がると飽和水蒸気圧がふえるが、そのふえかたが、気温が高いほど大きい。

飽和比湿が気温によってどう変わるか

飽和比湿は、気温のほか、気圧にもよる。ここでは、気圧を 1000 hPaときめて、横軸に気温[℃]、縦軸に飽和比湿[g/kg]をとったグラフをしめす。これも「簡単な形の式」で計算したものである。

ここから下は、くわしく知りたい人むけです。

飽和水蒸気圧を計算する式

ここでは液体の水に対するものだけを示す。

簡単な形の式

指数関数を含んでいるが、それを1回使うだけである。 Hartmann (1994) Global Physical Climatologyでは、付録B [日本語訳HTML版(アクセス制限あり)]の(B.3)式として示されている。 Clausius (クラウジウス)・Clapeyron (クライペロン)の関係をもとに、気圧が1000 hPaから、気温が0℃から大きくはずれないという条件で近似して得られるものである。

e_sat = e_sat(T₀) exp((L / R_v) (1/T₀ - 1/T) )

e_sat: 飽和水蒸気圧。
e_sat(T₀): 0℃での飽和水蒸気圧、6.11 hPa。
L : 水の蒸発の潜熱(質量あたりのエネルギー)、2.50×10⁶ J/kg。 (実際には温度によって少し変化するが、ここでは定数とみなす。)
R_v: 水蒸気についての気体定数、 R_v = R_univ / M_v。単位はJ/(kg K)。
R_univ: 普遍気体定数、8.3143 J/(mol K)。
M_v: 水のモルあたりの質量、18.016×10^-3 kg/mol。 (これを単位 g/mol で表現したものが分子量に相当する。)
T: 気温、ただし絶対温度 (単位 K)。
T₀: 0℃に対応する絶対温度。273.15 K。
(式の精度の必要以上に一部の係数の有効数字が多いが、そのままにしておく。)

簡単な形の式を使ったプログラム例

気温を与えられて飽和水蒸気圧を計算するプログラム例として、 R言語により、グラフを表示するものを、 [esat.R]として示す。これは、ほかのものでもプログラム言語の経験のある人ならば数値演算の表現はだいたい似ているので、演算の要点を理解する助けになるだろうと思って示した。結果のグラフは上に示した。

同様に、飽和比湿を計算してグラフを表示するプログラムを [qsat.R]として示す。この場合は気温のほかに気圧(単位hPa)を与える必要がある。プログラム例では、「press1 = 1000」として 1000 hPaを与えている。結果のグラフは上に示した。

GOFF(ゴフ)-GRATCH(グラッチ)の式

実験でわかっている水の飽和水蒸気圧を広い温度範囲でよく再現する式。気象学で精密な計算をするときに勧められている。指数関数や対数関数を含む複数の項からなる。

たとえば、Wikipedia英語版の [外][[Goff-Gratch equation]]の記事 (2020-04-10 最新更新)を見ると、 GOFFとGRATCHの1946年の論文に基づく式が示されているほか、コロラド大学のHolger VOEMEL氏のページ http://cires.colorado.edu/~voemel/vp.htmlへのリンクがある。 VOEMEL氏のページ (更新日付 2016-12-07) を見た限りでは、その「WMO」のところにある GOFFが1957年の文献で示し、 WMOの技術標準文書 (2012年版) にも採用されている式のほうがすぐれているようだ。

TETENS(テテンス)の式

GOFF-GRATCHの式ほど精密ではないが、形がわりあい簡単で、多くの実用目的にじゅうぶんな精度をもつ式。次の形で示されることが多い。

e_s = e_s(0℃) × 10^{(a t)/(b + t)}

ただしtは℃目盛りによる温度の数値。e_s(0℃) = 6.11 hPa。液体の水に対する蒸気圧の場合、a = 7.5, b = 237.3。氷に対しても同じ式の形が使えるが、a, bの値は異なる。 (たとえば理科年表オフィシャルサイト「相対湿度の月別平年値」のページ http://www.rikanenpyo.jp/kaisetsu/kisyo/kisyo_003.html (山内豊太郎, 2006年11月)参照)。

TETENSはこの形の式を最初に示した人ではなく、ここに示す a, b の数値を与えた人だそうだ。 TETENSの原文献は次のものである。ただしまだわたしは自分で確認していない。

O. TETENS, 1930: Über einige meteorologische Begriffe. Zeitschrift für Geophysik, 6: 207 - 309.

2020-05-17, 2020-09-27, 2021-09-26
増田耕一 (MASUDA Kooiti)

[「地学」日程と各回の内容]